リチウムイオン電池のラマン分光分析

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リチウムイオン電池のラマン分光分析でわかること

ラマン分光法では、材料の結晶性の分析や、材料の種類を識別しその分布観察ができるなど、リチウムイオン電池材料の分析に適した特徴があります。 さらに、リチウムイオンの脱挿入によって活物質のラマンスペクトルが変化することから、活物質の充電状態の分布観察をすることができます。 ここでは、ラマンイメージングを使ったリチウムイオン二次電池電極の分析事例をご紹介します。

 
 

活物質の分布観察

リチウムイオン電池の電極は、活物質、導電助剤、バインダーの混合物であり、その分散状態によって電池としての性能が変わってきます。 このような形態観察には走査型電子顕微鏡(SEM)が用いられることが多いですが、ラマンイメージングを用いるとその形態とともに『結晶構造の分布』も併せて評価することができます。 特に、ラマン分光では炭素材の結晶性評価に相性が良いため、活物質や導電助剤などで炭素材が多く使われるリチウムイオン電池電極の観察には適しています。

 

例えば右のグラフのように黒鉛とケッチェンブラックのラマンスペクトルを比較すると、それぞれの結晶性の違いによってピーク形状が異なります。 黒鉛のように結晶性が良い場合にはGバンドが強くなり、ケッチェンブラックのように結晶性が悪いものではDバンドが強くなります。 これらのバンドの強度比(G/D比)は、黒鉛の結晶性の指標として用いられ、値が大きければ結晶性が高いことを示しています。

▼黒鉛とケッチェンブラックのラマンスペクトル
黒鉛とケッチェンブラックのラマンスペクトル

 

以下にバインダーとしてPVdFおよびPAANaを使用した場合のSi系負極のラマンイメージを示します(ラマン顕微鏡 RAMANforceを使用)。 PVdF使用時には黒鉛とケッチェンブラックがそれぞれ分離して分布していますが、PAANa使用時にはそれらが細かく分散していることがわかりました。 また、どちらのバインダーを使用した場合でも、Si粒子は1μm前後の大きさで分布していることが分かります。

 
▼バインダーによる活物質・導電助剤の分散状態の違いをラマンイメージング観察
バインダーによる活物質・導電助剤の分散状態の違いをラマンイメージング観察
 

劣化した電極の分布観察

リチウムイオン電池は充放電サイクルを繰り返すことで、徐々に劣化し電気容量が低下してしまいます。 その劣化の主な原因は、活物質の結晶構造が不可逆的に変化することや結晶性が低下することであり、それらの変化はラマンスペクトルにはっきりと現れます。 ラマン分光法以外の結晶構造の分析手法としては、XRD(X線回折法)が多く使われています。 そのXRDとラマンイメージングを比較すると、ラマンイメージは電極内での『局所的な結晶構造の変化』を捉えることが大きな特長です。

LiCoO2正極の充放電前後のラマンイメージを以下に示します(ラマン顕微鏡 RAMANforceを使用)。 サイクル前にはコバルト酸リチウムの中に微量の酸化コバルト(Co3O4)が混入している一方で、サイクル後には酸化コバルトが多く存在することが分かりました。 これらのラマンイメージを画像解析することにより、それぞれの成分がどの程度含まれているか定量的に評価することができます。

 
▼コバルト酸リチウム正極の充放電前後のラマンイメージ
コバルト酸リチウム正極の充放電前後のラマンイメージ
 

次に黒鉛負極のサイクル前後のG/D比のラマンイメージを示します(ラマン顕微鏡 RAMANforceを使用)。 このラマンイメージでは、青が結晶性の低く、赤が結晶性が高いことを示しています。 サイクル前では、赤で示されている結晶性が高い部分が点在していますが、サイクル後では全体的にG/D比が低下し結晶性の高い赤の部分はなくなっていることが分かります。 このような黒鉛のラマンイメージの比較をする場合には、G/D比のヒストグラム(右図)を比較することで定量的に評価できます。 ヒストグラムを比較すると、充放電前後で最頻値、標準偏差、最大値などが変化しており、充放電による結晶性の低下、つまり、劣化状態を定量的に評価することができます。

 
▼黒鉛負極の充放電前後のG/D比のラマンイメージ
黒鉛負極の充放電前後のG/D比のラマンイメージ
 

非大気暴露下での活物質の充電分布観察

ラマン分光では、リチウムイオンの脱挿入により生じた結晶格子間隔や結晶構造の変化を、ピーク位置などのピーク形状の変化として捉えることができます。 そのため、充電状態の電極を観察することで、『活物質の充電状態の分布』を観察することができます。 充電状態の電極を測定するためには非大気暴露下で観察する必要があるため、グローブボックス内で電池を解体し、電極を取り出して非大気暴露観察用セルにセットし測定を行います。

Si系負極の充電前後のラマンイメージの測定例を以下に示します(ラマン顕微鏡 RAMANforceを使用)。 この測定では、不活性雰囲気ラマン測定用密閉容器 LIBcellに充電状態の負極をセットし測定を行いました。

充電前後の測定結果を比較すると、充電状態では放電状態にはないブロードなピークが480cm-1に現れています。 この480cm-1のピークは、リチウムの吸蔵に伴ってSi結晶がアモルファス化することにより生じるものであり、シリコンの充電状態を確認することができます。 充電前後のラマンイメージを比較すると、ほとんどの結晶性シリコンがアモルファス化しており、充電状態になっていることが確認できました。

 
▼放電状態および充電状態のラマンイメージの比較
放電状態および充電状態のラマンイメージの比較
 

このように、充電状態ではリチウムイオンの脱挿入により活物質の結晶構造が変化し、それがラマンスペクトルに現れることから、非大気暴露下でラマンイメージング観察することで活物質の充電状態の分布を捉えることができます。 活物質材料はもちろんSiのみだけでなく、負極であれば黒鉛、正極であれば層状活物質(LiCoO2、LiNiCoAl、LiNiCoMnなど)やスピネル型マンガン酸化物(LiMn2O)、リン酸鉄リチウム(LiFePO)などでも報告があり、一般的にリチウムイオンの脱挿入によって結晶構造が変化すればラマンスペクトルにその変化が現れます。

 

充電進行過程のin-situ観察

充放電しながらのin-situ測定では、同じ場所で充放電による変化を観察することができるため、複雑な充放電挙動を理解するために有用な情報が得られます。 in-situ測定にも多様な手法があり、光学顕微鏡の観察からX線回折、ラマン分光や放射光などを用いたものがあります。 その中でもラマンイメージングによるin-situ測定では、『サブミクロンの空間分解能で活物質の充電状態を評価できる』という特徴があり、局所的な充放電状態の進行過程を観察できます。

Nanophoton product
→充放電in-situラマン測定用セル LIBcell charge

 

 代表的な正極材料であるコバルト酸リチウムは、充放電に伴うリチウムイオンの脱離によって層間隔が広がっていきます。層間隔が広がると、層間の酸素元素の相互作用が弱くなるため、ラマンピークの強度が次第に小さくなり、ピーク位置も低波数側にシフトします。このリチウム量とピーク形状の関係を利用することで、ラマンスペクトルから充電状態を評価することができます[1]。図1 に示す通り、ほかの層状化合物[2] や、スピネル型[3]、オリビン型[4] などの結晶型によらず、リチウムイオンの挿入・脱離によってラマンスペクトルが変化することが知られています。

 負極についても同様のスペクトル変化を観察することができます(図2)。代表的な負極材料である黒鉛では、インターカレーションによるステージ変化に対応して、G バンドのピーク形状が変化します。充電に伴い高波数側へのピークシフトが生じ、その後ピークが二つに分裂します。さらにリチウムイオンが挿入されると、ピークが消失していきます。これらのスペクトル変化は、リチウムの挿入によるグラファイトの歪みや層間の相互作用が弱くなることによって生じています[5]。

 負極材料でも合金系材料のシリコン[6] や、無ひずみインサーション材料とよばれるチタン酸リチウム[7] でもインターカレーションによりラマンスペクトルが変化するため、充電状態を評価することができます。

▼図1-a:代表的な正極材料における充電状態とラマンスペクトルの関係


▼図1-b:代表的な正極材料における充電状態とラマンスペクトルの関係

▼図2:代表的な電解液における
充電状態とラマンスペクトルの関係

▼図3:代表的な負極材料における充電状態とラマンスペクトルの関係


ここでは黒鉛負極のin-situラマンイメージング観察例を示します(ラマン顕微鏡 RAMANforceを使用)。 放電状態では、黒鉛の粒子内で細かな欠陥が点在してることが確認できます。 充電を進めていくと、Disulute stage 1, Stage 4, Stage 2, Stage 1とそれぞれの分布が確認できました。 特に、3.97 Vと4.20 Vでは二つのステージが共存しており、その分布を捉えることができています。 また、放電状態で観察された欠陥部分では、充電反応が進んでいないことも分かります。 右下の図は、各電圧における光学顕微鏡像です。黒鉛はリチウムイオンの脱挿入により色変化を生じますが、ラマンスペクトルよりも色変化する電圧範囲が小さいため、ステージの詳細な変化を識別するのは困難です。 特に充電反応の初期では、光学顕微鏡像だと充電反応の変化が分かりづらいですが、ラマンイメージでははっきりと違いを確認することができます。

 
▼黒鉛負極のin-situラマンイメージング
黒鉛負極の充放電in-situラマンイメージング
 

黒鉛負極以外にもLiCoO2正極のin-situラマンイメージングも報告されており、充放電過程の観察や1サイクル目と2サイクル目における充電状態の違いなどが評価されています。 in-situラマンイメージングの報告例は現時点ではまだ少ないですが、サブミクロンオーダーで充放電反応過程を観察できる分析手法として今後活用が増えていくと期待されます。

ただし、大気下や非大気暴露下での測定と比べると、in-situ測定は難しくなります。 例えば、電解質溶液は蛍光を生じるため蛍光が小さくなるようにセル構造を工夫する必要があることや、活物質と電解液のラマンピークが重ならないような組み合わせを選ぶ必要があります。 また、測定中においては、活物質の体積膨張により焦点位置がずれることがあるので注意が必要です。 このようにin-situ測定は簡単ではありませんが、その分、同じ位置で局所的な充放電の進行過程を観察できる、という大きな特長があります。

[1] "Raman Study of Layered Rock-Salt LiCoO and Its Electrochemical Lithium Deintercalation", M. Inaba, et al., Journal of Raman Spectroscopy, 28, 613 (1997)
[2] "Studies of local degradation phenomena in composite cathodes for lithium-ion batteries", M. Kerlau et al., Electrochimica Acta, 52, 5422 (2007)
[3] "Lattice vibrations of materials for lithium rechargeable batteries I. Lithium manganese oxide spinel", C. M. Julien et al., Materials Science and Engineering, B97, 217 (2003)
[4] "Raman and FTIR Spectroscopic Study of LixFePO (0x1) ", Journal of The Electrochemical Society, 151(7), A1032 (2004)
[5] "In Situ Raman Study on Electrochemical Li Intercalation into Graphite", M. Inaba et al., J. Electrochem. Soc., 142, 20 (1995)
[6] "In Situ Conductivity, Impedance Spectroscopy, and Ex Situ Raman Spectra of Amorphous Silicon during the Insertion/Extraction of Lithium", E. Pollak, et al., J. Phys. Chem. C, 111, 11439 (2007)
[7] "Understanding the Zero-Strain Lithium Insertion Scheme of Li[Li1/3Ti5/3]O4: Structural Changes at Atomic Scale Clarified by Raman Spectroscopy", K. Mukai et al., J. Phys. Chem. C, 118, 2992 (2014)