ラマン分光分析テクニック

解析テクニック編

第3回 ピークフィットイメージを用いて解析する

掲載日 2014年6月16日

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ラマン画像を構成する1点1点のスペクトルに対してピークフィット処理を行うことで、それぞれの点のピーク強度、ピーク位置、半値幅からなるピークフィットイメージが得られます。ピークフィットイメージからはサンプルにおける応力や結晶性、あるいは濃度の分布を定量的に知ることができます。

 

処理の準備

ピークフィットイメージを得るための処理には比較的時間がかかります。効率よく目的のデータを得るために、まずはサンプルを代表する数点についてピークフィット処理を行い、目的とするピークの位置や幅が正しく求められることを確認しておきましょう。

前処理としてデータ全体から宇宙線を除去しておくことが有効です。一方でピークフィットには不適切なデータの前処理もあります。例えば、データをスムージングしてしまうと、ピークフィットによってピーク位置を求める精度が低下してしまいます。あるいは、ベースラインを補正すると、処理によってはフィッティング結果が不正確になってしまいます。ピークフィットあるいはピークフィットイメージングでは、スムージングやベースライン補正を行っていないデータからでも、ピーク強度、ピーク位置、半値幅を求めることができますので、このようなデータの前処理は不要です。

 

ピーク位置による画像

次の画像は、部分的に薄膜を形成したシリコン基板のピークフィットイメージです。ラマン画像を取得後、ピークフィット処理を行い、ピーク位置に応じてカラースケールを割り当てました。シリコンのラマンピークは250MPaあたり1 cm-1シフトすることが知られていますので、ピーク位置から応力の分布を知ることができます。測定結果から、薄膜の周辺部分では引っ張り応力が生じていることが分かります。

 

4種RBMの分布重ね合わせ

光源波長   : 532nm
対物レンズ  : 100倍、NA=0.90
回折格子   : 2400gr/mm
スペクトル数 : 60,000(400x150)
測定時間   : 20分

 

▼ 拡大画像
シリコンピーク位置シフト量のプロファイル 画像

  ▼ 点線に沿ったピーク位置のシフト量のプロファイル
シリコンピーク位置シフト量のプロファイル グラフ

 

ピーク幅による画像

次の画像は、ペットボトルのネジ口から胴体部分にかけてのラマン画像から得たピークフィットイメージです。ポリエチレンテレフタレートは結晶化度により1720 cm-1付近のピーク(C=O)の半値幅が変化します。そのためピーク幅を画像化することで、結晶化度の違いを可視化することができます。

 
 

さらに進んだ解析のために

複数の成分が含まれたサンプルの場合、設定によっては、ピークが重なり合う部分で期待した結果が得られない場合があります。このような場合には、フィッティングを行うピークの数や、初期値を変えることで良い結果が得られる場合があります。例えば下図のデータでは、2つのピークでフィッティングすると、左側のピークの解析結果が不正確に(幅が太く、ピーク位置が高波数よりに)なってしまっています。このデータでは3つのピークでフィッティングすることで正しい結果を得ことができます。ピークフィットイメージを得る場合には、測定位置によっては2つのピークでフィッティングできると思えるサンプルが、いくつかの点について調べると3つのピークでフィッティングする必要があることが分かる場合がありますので注意が必要です。

ピーク位置がシフトしないサンプルの場合には、ピーク位置やピーク幅を固定してフィッティング処理を行うことが有効です。ピーク位置や幅などのパラメータを固定すると、重なりあったピークを正確に分離でき、また、得られるピーク強度がノイズの影響を受けにくくなります。(ただしピーク位置を固定すると、複数成分が混合することでピークのシフトが起こる場合には、誤った結果となる場合があります。)

下図ではピークが重なりあったスペクトル領域から、フィッティングすることで得た、3成分の画像です。この測定では、それぞれの成分の純粋なスペクトルを得ることはできなかったのですが、500 ? 850 cm-1の領域を対象として、7つのピークのピーク位置とピーク幅を固定してフィッティング解析することにより、3つの成分の濃度分布を得ることができました。下図右のスペクトルは画像の3つの位置でのスペクトルを示します。

 

サンプルから蛍光などが発生し、スペクトルにブロードなバックグラウンドがある場合にも注意が必要です。フィッティングに適切な関数を用いないと、バックグラウンドの信号による見かけのピークシフトが生じ、正しい解析結果が得られません。下の図では、右上がりのバックグラウンド信号によって、ピーク位置が見かけ上高波数側にシフトすることを示しています。このようなスペクトルの場合、フィッティング関数を、「定数+ピーク関数」とするのではなく、「1次関数+ピーク関数」としてフィッティングすることで、ラマン散乱に由来するピーク位置を正確に求めることができます。特にピークフィットイメージを得る場合には、得られたピーク位置の分布が、バックグラウンドに由来するアーティファクトで無いことをよく確認する必要があります。

 

スペクトルのSN比とピーク位置決め精度

高いSN比のスペクトルからは、より高精度な解析結果を得ることができます。より高SN比のスペクトルを得るためには、露光時間を長くするか、レーザー強度を大きし、検出される光の量を増やす必要があります。このとき、検出される光の量(ピーク強度)と、フィッティングによるピーク位置決め精度の間にどのような関係があるのでしょうか。下図はピークフィット解析によるピーク位置決め精度と、スペクトルのピーク強度の関係を示したものです。4 cm-1の幅を持ったローレンツ型のピークを、0.5 cm-1/pixelのピクセル分解能で測定して得られるスペクトルに対して、検出器でのショットノイズ、リードアウトノイズを考慮し、シミュレーションによってピーク位置決め精度を計算しました(ここでは分光器によるピークの広がりは考慮していません)。結果から、ピーク強度が1000 photons/cm-1以下では、ピーク強度が2倍になるとピーク位置決め精度が2倍向上することが分かります。つまり、露光時間またはレーザー強度を2倍にするとピーク位置決め精度も2倍向上することになります。また、ピークフィット解析では例えば(a)のような、かろうじてピークが認識できる程度のデータからでも、ピクセル分解能程度の精度でピーク位置を求めることができ、さらに、(c)のように高いSN比のデータを用いれば、ピクセル分解能の10分の1の精度でピーク位置を求めることができることが分かります。