ラマン分光分析テクニック

測定テクニック編

第3回 レーザー光の照射条件を設定する

掲載日 2013年9月10日

このエントリーをはてなブックマークに追加

ラマン分光においてレーザー照射条件は何を基準に決めるのでしょうか?  試料が焦げてしまった場合には、どのようなスペクトルが得られ、どのような光学顕微鏡像になるのでしょうか?  正しく条件を設定することで測定時間を短縮し、きれいなラマンイメージ、ラマンスペクトルを取得することができます。

 

レーザー照射条件の考え方

各パラメータの考え方

短時間の測定でSN比の高いラマンスペクトルが得られることを目指して条件を決めます。 特にラマンイメージングのためには、この条件が画像取得に要する時間を決めるので重要になります。 レーザー波長、パワー、露光時間、平均回数に関する条件の決め方を以下に示します。

波長……レーザー光の波長は基本的に短い波長を選びます。それは、短波長であるほどラマン散乱の効率が上がるためです。 ただし、蛍光が生じてラマン散乱光の信号が埋もれてしまう場合には、蛍光を回避するために長波長のレーザー光を使います。

パワー…… レーザーパワーはサンプルにダメージを与えない範囲で、可能な限り強くします。 レーザーパワーの上限はサンプルに依存します。光を吸収しにくい無色透明や白色なサンプルは上限が高く、黒い試料は上限が低くなります。 レーザー光のパワーを徐々に上げていくことで、試料に大きなダメージを与えることなく適切なパワーに調整できます。

露光時間…… 決定したレーザーパワーでラマンスペクトルの強度が十分得られるように時間の長さを決めます。

平均回数…… 信号強度が小さい場合、ノイズを低減するために有効になります。 蛍光が生じ露光時間を長くできない場合などに使用すると、信号が飽和せずにSN比を高くすることができます。

 
試料の分類によるレーザーパワーの目安

試料の分類によってパワーの目安があります。 まずは、目安より小さいパワーで測定を行い、十分なSNが得られない場合はレーザーパワーを徐々に上げていきます。 目安よりも大きなレーザーパワーを用いる場合は、試料が焦げることを考え試料の端で条件出しを行うとよいです。

 
試料 ポイント照明 ライン照明
焦げやすそうな炭素材(カーボンブラック、CNTなど) 1 ~ 数 mW 0.02 ~ 0.1 mW/pixel
グラフェンなど、安定な炭素材 数 mW 1 ~ 数 mW/pixel
合成樹脂など有機物一般 十数 mW 1 ~ 数 mW/pixel
無機物 数十 mW 数 mW/pixel


 

条件によるスペクトルの変化の実測例

それではエタノールを試料にそれぞれの照射条件に対するSN比の変化をみていきましょう。

励起波長……下図に励起波長532nmおよび785nmのレーザーを用いた場合のラマンスペクトルを示します。 785nm励起では強度の弱いピークに対して、SN比が悪いスペクトルとなっています。一方、532nm励起の場合は、全てのピークに対して十分なSN比が得られています。 可能であればレーザー光の波長は短くすると言われる由縁です。

励起波長によるラマン信号強度の変化

パワー……下図に照射パワーを1.4 mW, 14 mW, 140 mWと変化させた場合のラマンスペクトルを示します。 1.4mWではSN比の悪いスペクトルですが、一桁パワーの高い14mWでは十分なSN比が得られています。 140mWで測定すれば、強度の弱いラマンピークのSN比も確保できています。

照射パワーによるラマン信号強度の変化

露光時間……下図に露光時間を0.1 sec, 1.0 sec, 10.0 secと変化させた場合のラマンスペクトルを示します。 0.1secではSN比の悪いスペクトルですが、一桁長い露光時間1.0 secでは強度の強いラマンピークに対して十分なSN比が得られました。 露光時間10.0secでは、強度の弱いラマンピークのSN比も確保できています。

露光時間によるラマン信号強度の変化

平均回数……下図に平均回数を1回, 10回, 100回と変化させた場合のラマンスペクトルを示します。 1回のスキャンでは、SN比の悪いスペクトルです。 10回、100回とスキャン回数を増やすにしたがって、SN比は良くなっていきます。
 上述の露光時間を変化させた場合と比較すると、露光時間0.1secで10回スキャン平均の場合( 0.1sec×10回=1.0sec)と、露光時間1.0secで1回スキャンの場合(1.0sec×1回=1.0sec)では、どちらもトータルの測定時間は1.0secですが、後者の方がSN比は多少良いです。一般に、強度の弱いラマンピークを検出したい場合は、平均回数を増やすよりも露光時間を長くして測定を行います。

平均回数によるラマン信号強度の変化
 

重要なポイント"焦がさない!"

一般的なスペクトルの変化

「試料が焦げた」場合、スペクトルはどうなるでしょうか? しっかり焦げた場合は信号が振り切れ、強い蛍光の出る試料を測ったときのような状態になります。 そこまでいかなくても有機物の場合なら、炭素材料に典型的なブロードなD-bandとG-bandが観察されます(D-bandは1450cm-1, G-bandは1590cm-1のピーク)。 いってみれば、あまり性状のよくない炭素材料を測定したようなスペクトルになります。 このとき、他のラマンピークはほとんど見えないことが多いです。 また、炭素材を添加しているような試料では炭素材なのか、焦げたものなのか判断しにくいこともあります。 その場合は、他の場所をパワーを変えて測定し、比較しながら判断します。

 
焦げた時のスペクトルおよび光学顕微鏡像の実測例

二次電池の電極を例にスペクトルおよび光学顕微鏡像の変化をご紹介します。 以下に、焦げた前後のラマンスペクトルおよび光学顕微鏡像の比較を示します。 ラマンスペクトルは材料が焦げることにより、500cm-1のピークがブロードになっています。 900cm-1のピーク位置は少し低波数側にシフトしています。 材料の結晶状態が変化したことにより、ラマンスペクトルに上記の影響があったと考えられます。 光学顕微鏡像にはレーザーを照射した位置に、焦げた跡が残っています。

以上の例を見ても、短時間でSN比の高いラマンスペクトルを得るためには、サンプルにダメージを与えない範囲でレーザー光の照射パワーを可能な限り強く設定することが必要であることがおわかり頂けたかと思います。 実際は、条件出しでダメージがなくても画像を取得している途中にサンプルの温度が上昇しダメージが出る場合もあるので、注意が必要です。

焦げた場合のスペクトルの変化

焦げた場合の光学顕微鏡像の変化