製剤中の結晶多形のラマンイメージング分析

医薬品の安定性試験

医薬品の有効性や安全性は、その製造後から患者によって服用されるまでの間、適切に保たれる必要があります。そこで、温度、湿度、光などのさまざまな環境要因の影響の下での品質の経時的変化を評価し、貯蔵方法および有効期間の設定に必要な情報を得るために、安定性試験が行われています。安定性試験には、長期保存試験、加速試験および苛酷試験の3種類があり、それぞれ下記の目的で実施されています。

長期保存試験
申請する貯蔵方法において、原薬または製剤の物理的、化学的、生物学的および微生物学的性質が、申請する有効期間を通じて適正に保持されることを評価するための試験。

加速試験
申請する貯蔵方法で長期間保存した場合の化学的変化を予測すると同時に、流通期間中に起こり得る上記貯蔵方法からの短期的な逸脱の影響を評価するための試験。

苛酷試験
流通の間に遭遇する可能性のある苛酷な条件における品質の安定性に関する情報を得るための試験。医薬品本来の安定性に関する特性、すなわち分解生成物、分解経路、分解機構を解明するため、さらに安定性試験に用いる分解生成物の分析方法の適合性を確認するためにも利用が可能。

安定性試験における評価項目のひとつに溶出試験があります。製剤の溶出率が規格から外れてしまった場合、その原因を特定する必要があります。溶出率に影響を与える因子はさまざま考えられますが、製剤を構成する個々の成分を製剤の状態のまま調べることにより、有用な情報が得られる場合があります。製剤表面の成分の分布を可視化できるラマン分光イメージングは、シャープなピーク形状と高い空間分解能が特長であり、多成分を高精細にイメージングすることができます。また結晶多形の識別や無水物か溶媒和物(擬多形)かの識別、さらには結晶性の違いを識別することができます。製剤の溶出特性が変わる要因の中には、擬多形も結晶多形への転移や、アモルファス製剤中の原薬の再結晶化がありますが、ラマン分光イメージングはこれらを検出する有効な分析手法として期待されています。

製剤中の原薬の評価に有効なイメージング分析

6ヶ月間の加速試験後に溶出率の低下が確認された製剤について、安定性試験前後における製剤表面のラマンイメージを示します。ここでは、532nmの励起波長と10倍の対物レンズを使い、800×715μmの領域のラマンイメージをおよそ10分で取得しました。本イメージでは便宜上添加剤を一色で示しています。

安定性試験前後での製剤中の成分分布の比較と面積比解析結果

光源波長532 nm
対物レンズ10倍 (NA=0.30)
スペクトル数35,600 (200×178)
測定時間10分

安定性試験前(initial)の製剤表面では、ある特定の結晶形の原薬が点在していますが、加速試験後では一部の原薬が転移している様子が確認できました。さらに、安定性試験後の製剤の断面をラマンイメージングし面積比解析を行ったところ、断面に比べて表面の方が原薬の転移が多く生じていることが分かりました。ナノフォトン社製レーザーラマン顕微鏡RAMANtouch/RAMANforceのライン照明を用いた高速イメージングは、スピードとS/Nのよいラマンスペクトルの取得を両立させている点が特長であり、わずかなスペクトルの差として現れる結晶多形や擬多形の転移を逃さずに捉えることができます。

高倍率レンズを用いた詳細なイメージング分析

安定性試験後の製剤の転移部分について、より高倍率の対物レンズを用いて詳細なイメージング分析を行いました。ここでは、532nmの励起波長と50倍の対物レンズを使い、163×60μmの領域のラマンイメージをおよそ25分で取得しました。RAMANtouch/RAMANforceでは、50倍の対物レンズ使用時でおよそ400nmの空間分解能が発揮でき、原薬の周囲から転移が進行している様子が確認できました。

安定性試験後の製剤表面の高空間分解能ラマンイメージ

光源波長532 nm
対物レンズ50倍 (NA=0.80)
スペクトル数58,800 (400×147)
測定時間25分

このように、高速イメージングの可能な RAMANtouch/RAMANforceを用いることにより、製剤表面を20分前後の短時間でイメージングし、高い空間分解能で結晶多形の分布を観察することが可能です。製剤中での成分分布や結晶多形の分析は、製剤開発において非常に重要な評価項目であり、高速ラマンイメージングは今後ますます重要な役割を担うと考えられます。