2003年9月のメッセージ
停電の楽しみ

今から120年前、エジソンはニューヨークに発電所を作り、ニューヨークの夜を電灯で明るくしました。GE(ジェネラルエレクトリック)社の始まりです。

そのニューヨークで、先月8月に停電がありました。突然の停電で、携帯電話が繋がらなくなり緊急の連絡が取れなくなったり、信号機が止まって道路が混雑して病院へ行けなくなったり、暑いエレベーターに何時間も缶詰にされたり、ニューヨーク市民は大変です。

ですから、今回のタイトルは、顰蹙(ひんしゅく)ものですよね。しかし、私は久々の大停電のニュースに、正直言って、郷愁を覚えました。日本でも昔は、台風が来る度に停電がありました。停電になると、家中が大騒ぎになります。真っ暗の中で、懐中電灯を探したり蝋燭を灯して、とてもスリリングな気分になったものです。停電も洪水も断水も台風も、子供にとって非日常的で、ちょっとした楽しみでした。

ニューヨークの停電に、ひとり懐かしい気分になっていたら、日本の報道では、今回の停電劇に対して非難囂々でした。経済優先で電力を自由化なんかするから、こんなひどいことになってしまう、前回のカリフォルニアでの停電の反省がない、原因を一刻も早く見つけて解決しなければ、明日も停電が続く、などなど。

日本ではこんなことにならないように、自由化に十二分に規制を掛けてるから大丈夫だそうです。本当にそうかなあ?

1989年にサンフランシスコに地震が起きてベイブリッジや高速道路が倒壊したときにも、同じような話を聞きました。日本の高速道路は、アメリカのフリーウエイと違って安全性は何倍も高いから、大丈夫だと言っていました。確かに日本の高速道路は、他の国と違ってやたらたくさん支柱があって(そのため、とても醜いけど)、しかも年中補修工事をしているのだから(そのため、いつも工事渋滞だけど)、そして工費が非常に高いので(その結果、料金が気が狂ったように高いけど)、きっとアメリカより安全なのだろうと納得していました。

でも、1995年の神戸の地震では、サンフランシスコの時と同じように、高速道路は倒壊してしました。いや、それどころか、サンフランシスコの地震よりマグニチュードが小さかったのに、被害はそれよりも遙かにひどいものでした。死者数は、サンフランシスコの実に100倍です。サンフランシスコの地震が、ワールドシリーズの試合中の夕方5時に起きたので、球場はもとより高速道路も街も車と人に溢れていたのにもかかわらず、朝5時に起きた神戸の地震の方が100倍も多くの死者がでたのです[1]。

発展途上国で地震があると、いつも大勢の死者が出ます。これは災害防止対策の問題ではなく、災害後の国の対応によるものです。神戸の地震の時、街が燃え人がむざむざと死んでいくのに、時の首相の村山富市氏も時の衆議院議長の土井たか子氏も驚くほど何もしませんでした。関西で人気だった社会党が人々の信頼を失なったのは、あの地震がきっかけだと思います。もしまた地震が起きても拉致事件が起きても、憲法解釈の理屈ばかりで、人の命は救ってくれないと皆が気づいてしまったのです。

私の研究室でも、神戸の地震で助手や大学院生が家を失いました。すぐに公務員宿舎に聞くと空き室がたくさんあったので、今夜寝るところもないからとりあえず一晩でも住まわせてやってほしいと頼んだのですが、結局、大学も宿舎も許してくれませんでした。2週間経って、大学の事務が部屋を貸すと言ってくれたときには、すでに助手は子供達をつれて遠くの親戚の家に移り住んでいました。

どんなに準備をしていても、予想を超える災害は発生するものです。問題は、その後の対応です。ニューヨークでは、地震直後から大勢の警察官が信号のない交差点で交通整理をしていました。ホテルは2次災害を恐れて、客をホテルから全部出して、路上に仮眠する空間を用意していました。9月11日のテロのときは、その直後に、すべての飛行機が緊急着陸を強制されました。起きてしまったことは仕方がない。その後如何に人の命と街の安全を守るかです。

日本では、神戸の街が燃え尽きるまで政府は動きませんでした。そこで汗を流していたのは、現場の人達とボランティアの若者です。今、日本の道路は駐車違反で溢れ、高速道路の出口は少なく、交通混雑の緩和のための右折や左折用などの用地買収はなく、神戸の経験は全く生かされていません。それどころか、高速道路やモノレールの支柱に鉄板を張りまくったので、それが倒れたときの被害は、この前の震災を超えるだろうと心配します。こういうのを危機管理意識の欠如というのでしょう。山の中に次々道路を造るのではなく、不必要な道路の補修工事を繰り返すのではなく、道路が倒壊したときに、それでも生き抜けるよう、空間を作って欲しいと思います。そのために税金を使って欲しいのです。サンフランシスコでは、倒れた高速道路を元に戻さなかった場所が随所にあります。

どんなに準備をしていても、世の中には予想外のことは起きるものです。先日見た「ターミネーター3」では、人間が作ったスカイネットというコンピュータシステムによって人類が攻撃を受けるという近未来の物語のシリーズです。少し前の映画「インディペンデンスデー」では、異星人がやはりコンピューターネットワークを使って地球を征服に来ます。まだ映画化されていないけれど、マイケル・クライトンの新作「プレイ」では、人間が開発したナノ・バイオ・ロボット・ネットワークに人類が襲われるというストーリー。法律や憲法が想定していない事件が、近未来の映画の中で次々と訪れています。

規則や法律は、想定通りのことにしか対応できません。本来は毎回、人が判断し人が決断するべきことを、それでは面倒だからと、ある時代にある人がルールを簡単化したのが法律であり憲法だと思います。それが、いつの間にか、紙に書かれた文言の方が、今生きる人たちの夢や希望や権利よりも偉くなってしまったのです。想定外の災害が起きても、紙切れに従ってしか動けないのです。このような紙切れ・文言至上主義が批判されることなく、国や自治体はますますマニュアル作りに熱中し、マニュアルさえあれば安心するのです。

こんなことを色々考えながら、イギリスを旅していたら、ロンドンのセイント・パンクラスの駅で、自ら危機的状況に陥りました。切符を買っている間に、旅行バッグをひったくられたのです。日曜の夕方のこと。毎年、海外出張を繰り返していながら、全く初めての経験です。すぐに、近くのセキュリティーの人達に声を掛け、向かいのキングズクロスの駅のポリスに駆け込んだけど、もう後の祭り[2]。

幸い、パスポートやクレジットカード、目的地のノッティンガムで講演するためのコンピュータは書類鞄に入れていたので、盗難も停電も「楽しみ」にしてしまおうと、気持ちを切り替えて、このチャンスにイギリスで服や鞄のショッピングを楽しむことにしました。忙しいだけの2003年8月に、停電と盗難の「楽しみ」が思い出に残りました。SK

[1] サンフランシスコの地震に加えて、さらに1994年1月17日(神戸の震災の丁度1年前)に、ロスアンジェルスの北、ノースリッジで神戸と同規模の地震がありました。この時も、高速道路が倒壊し火災が起きましたが、死者の人数は神戸が百倍でした。これら、地震の記録・写真・詳細は EQE International という出版社のホームページに詳しく載っています。

[2] 実は、キングズクロスは置き引きで有名で、4年前に、私の長女がキングズクロスの近くにあるロンドン大学のHall of Residenceに住んでいたとき、やはり靴屋で靴を履き替えている最中に鞄を持ち逃げされています。再び、私がこの失態をするとは悔しい。