ラマン分光によるチーズの成分分布観察

チーズに含まれている成分の比率や相構造は、食感や味の印象(テクスチャ)に影響を与える重要な要素といわれています。しかし、現在一般的に用いられている観察手法では、タンパク質の固定化や染色などの前処理、さらには低真空下での観察が必要となるため、チーズそのままの姿を観察するのは困難です。一方、ラマンイメージングでは、染色などの前処理や測定時の真空環境などが不要であるため、タンパク質、脂肪、水分などの成分分布をそのまま観察することができます。

下の図は、スライドガラスにモッツァレラチーズの凍結切片を載せて常温常圧で測定し、タンパク質()、脂質()および水分()の分布状態をラマンイメージングで表したものです。 タンパク質の分布は、フェニルアラニン、チロシンといった芳香族アミノ酸に由来する3060cm-1のピーク強度から求めました。 

モッツァレラチーズのラマンイメージと各成分のラマンスペクトル
光源波長532 nm
対物レンズ50倍 (NA=0.80)
スペクトル数40,000 ※図はその一部
測定時間9分20秒

上のグラフは、タンパク質、脂肪、水分が多く存在する領域の平均ラマンスペクトルです。 水のラマンスペクトルは3200cm-1~3500cm-1にブロードなピークとして現れますが、結合水は3200cm-1付近に、自由水は3500cm-1付近にピークを持つという違いがあります。 青色で示した水分リッチな箇所のスペクトル形状から、水分のほとんどはタンパク質との結合水で、タンパク質と脂肪は互いに絡み合うように存在していることが分かります。なお、今回は凍結切片処理をして観察を行いましたが、メスでカットしただけの断面でも、ほぼ同様に観察することができます。

組織構造から見たチーズの特徴

▼プロセスチーズとモッツァレラチーズの低倍率ラマンイメージ(:タンパク質、:脂質)

(a)プロセスチーズ
(b)モッツァレラチーズ
光源波長532 nm
対物レンズ20倍 (NA=0.45)
スペクトル数40,000
測定時間8分20秒

上の図はモッツァレラチーズと市販のプロセスチーズを低倍率で測定したラマンイメージです。 プロセスチーズではタンパク質が基材となって1μm~10μmの小さな脂肪球が分散しているのに比べ、モッツァレラチーズは両者が筋状に分布しています。 プロセスチーズは、ナチュラルチーズを細かく刻んで加熱・再成形して作られるため、一般的にナチュラルチーズよりも相構造が細かくなります。 一方、モッツァレラチーズはpH5.2~5.4、温度60℃のお湯に入れて、練って引っ張る操作を繰り返す製法で作られており、その延伸工程によって筋状の分布になっていると考えられます。 モッツァレラチーズの繊維質のような独特の食感は、この筋状の構造に由来しているのでしょう。 

※このサンプルは、不二製油株式会社様よりご提供いただきました。