多層フィルム断面のラマンイメージング

レーザーラマン顕微鏡は、共焦点が高く、表面から非破壊で試料内部の層構造を分析することが可能です。一方で、光を通さないメタル層や複雑な光学特性を利用した構造を含む場合は、断面から観察する必要があります。ここでは、断面試料作製した多層フィルムの分析事例をご紹介します。

スマートフォン保護フィルムの断面構造分析

スマートフォンの保護フィルムには、画面保護に加えて、抗菌やブルーライトカット、アンチグレア(非光沢)など様々な付加機能を持つ製品があります。付加された機能の種類が多いほど、膜構造は複雑になります。今回、覗き見防止機能のほか、アンチグレアや汚れ防止など複数の付加機能を持つ保護フィルムを用意しました。図1(a)にフィルム最表面、ステージ動作で約50μm内部、約160μm内部でそれぞれ観察された特徴的な光学顕微鏡像を示します。フィルム表面には数μmの粒が点在しています。内部方向には縦筋と横筋が直角に配置されています。この交差する筋が覗き見防止のブラインドの役割を担っていると推察されます。

このフィルムの断面観察用試料を作製し、20倍の対物レンズにて、断面構造全体を高速ラマンイメージングした結果を図1(b)に示します。隣の表は、各層の材料をスペクトルデータベースにて 同定した結果と、各層の膜厚を示しています。フィルムは全部で10層となっています。層A-Iは保護層・機能層で主にポリアクリル酸エステルとポリエチレンテレフタラート(PET)にて構成されていました。この内、層Dは(a)-2の直角構造に対応しています。層Dの膜中の溝パターンにはカーボンが添加されていることが分かりました。また、層G,Hは周囲の光学顕微鏡像では1層に見えますが、ラマン観察により2層構造になっていることが分かりました(層Gにはカーボン添加)。層Jはスマートフォンとの吸着層で材料はシリコーンです。

次に、各層を詳細に分析するため、100倍の対物レンズを用いてラマンスペクトルを確認しました。その結果、図(a)-1のフィルム最表面で見られた粒はシリコーンであること、また、ポリアクリル酸エステルは全部で6層ありますがその組成は3種類であることが分かりました(表中にa,b,cとして記載)。このように断面からラマン観察することで、表面からの光学顕微鏡観察では分からなかった詳細な層の構造が分析できました。

ポテトチップス袋の断面ラマンイメージング

ポテトチップスの袋にはメタル層が使用されており、光が透過しないため、断面から分析する必要があります。図2は袋断面のラマンイメージング結果です。袋断面は、8層構造で、ポリエチレン(PE),ポリプロピレン(PP),PETなどで構成されていることが分かりました。層3,6,7はどれもPEですが、それぞれのラマンスペクトルから、層3,6は低密度ポリエチレン(LDPE)、層7は高密度ポリエチレン(HDPE)であることが分かりました。層6,7のラマンスペクトルを図3に示します。PEの密度や構造によって、ピーク強度比やピークの幅が変化していることが確認できます。

ポテトチップス袋の配向評価(袋平面測定)

レーザーの偏光方向を制御した測定を行えば、フィルムの配向評価が可能です。ポテトチップスの袋最表面のPP層の偏光ラマン測定を行った結果を図4に示します。矢印↕↔は、ポテトチップスの袋に対する、レーザーの偏光方向を示しています。2つのスペクトルは、808cm-1のピーク強度で規格化して表示しています。808cm-1付近のピークは主鎖CC伸縮振動とCH3変角振動に由来し、840cm-1付近ピークはCH3変角振動に由来します(※)。PP分子が配向している場合、レーザーの偏光方向を変えることで両ピークの比が変わります。 ↔偏光のとき、主鎖CC伸縮振動を含む808cm-1のピークの比率が増えていることから、ポテトチップスの袋は横方向に主鎖が配向していることがわかります。

参考文献

(※)RASHA M. KHAFAGY, J.  Poly. Sci. B, Poly. Phys. , 44, 2173–2182 (2006)