EMCCDによるラマン測定の高速化とその制限

前回の記事では、ライン照明を実例に、信号を増やすことで高速イメージングする方法について説明しました。今回の記事では、もう一つのアプローチである、ノイズを減らして高速イメージングする方法について説明します。また、ラマン分光分析におけるEMCCDの制約事項についても解説します。

検出器によるSN比の比較

通常、ラマン分光測定にはCCDが使用されますが、EMCCD(電子増倍型CCD)を使用することでノイズを抑えることができます。計測においては、SN比が重要です。ノイズが少なくなれば、その分、信号が少なくなってもSN比は一定に保たれます。前回の記事でも説明したように、信号量は露光時間に比例します。よって、ノイズが減れば、その分、露光時間を短くできるので、高速に測定できるようになります。

それでは、どのような場合にEMCCDは有効なのでしょうか。以下の図は、CCDとEMCCDのSN比の比較です。CCDは読み出し速度によってSN比が変わるため、高速読み出しと低速読み出しを載せています。また、基準として、理想的な検出器のSN比も合わせて載せています。

図1 EMCCDとCCDのフォトン数によるSN比の比較(ノイズ量などは典型値を使用)

この図から、EMCCDは、フォトン数が少ないケースにおいてCCDよりも有利になることが読み取れます。具体的には、高速読み出しでは約250フォトン以下、低速読み出しでは約20フォトン以下で、EMCCDが有利になります。その一方で、フォトン数が増えて、SN比が高い領域では、通常のCCDの方がEMCCDよりも有利になります。

ラマン分光測定におけるEMCCDの制限

では、次に、実際にどのような状況で、EMCCDにより高速化できるのか見ていきましょう。実は、EMCCDが有利な「フォトン数が少ない」というのは、ラマン分光測定においては限定的です。それは、ラマン分光測定においては、蛍光の問題があるからです。蛍光が生じるとスペクトル全体に大きな背景光が現れます。その背景光でフォトン数が増えるのでEMCCDのメリットが無効化されてしまうのです。また、EMCCDでは、電子増倍により信号が飽和しやすくなるのも蛍光と相性が悪い点です。

図2 ポリイミドフィルムのラマンスペクトル。蛍光によりベースラインが上昇しラマンピークが埋もれる

蛍光が生じない場合

次に、蛍光が生じない場合を見ていきましょう。SN比が低くてもよいというのは、成分分布を観察したいという場合に限られます。スペクトルのSN比が悪くても、多変量解析を用いてスペクトル全体で識別することで、試料の分布を得ることができるからです。以下は、Polystyrene(PS)とPolymethyl methacrylate(PMMA)粒子を低SN比で高速イメージングした例です。画像中の矢印は、左側に表示しているPSとPMMAのスペクトルの位置を表しています。PMMAのラマンスペクトルはノイズと同程度の信号強度しかありませんが、多変量解析を用いることで成分分布を画像化できています。ここで、多変量解析にはCLS(Classical Least squares)を用いました。

図3 PS-PMMA粒子のラマンイメージング。SN比が低いスペクトルでも多変量解析により分布を画像化できる

しかしながら、分光分析の本領が発揮されるような、ピークのシフト・幅・面積・強度比・面積比などを定量的に評価する場合には、EMCCDは不向きです。必要な精度によって、必要なSN比は変わってきますが、実用的にはSN比が数十程度で測定することが多いです。以下はシリコン基板上の傷のピークシフトイメージをSN比~10と~40にて比較した結果です。SN比~10ではノイズの影響が大きく傷部分のピークシフトがノイズに埋もれていますが、SN比~40では傷部分ピークシフトがより鮮明に確認できます。このような、十分にSN比が必要なケースではEMCCDを使っても高速化されません。

図4 シリコン基板上の傷のラマンピークシフトイメージ。ラマンピークの定量評価には十分なSN比が必要

ラマン顕微鏡に最適な検出器

以上のように、ラマン顕微鏡が利用される多くのケースで、通常のCCDの方がEMCCDよりも適しています。また、可視から近赤外の広い波長領域に渡って最高の検出感度(量子効率)と最小の読み出しノイズを有する検出器は、通常のCCD検出器でのみ利用可能です。このため、ナノフォトンではこのような最高の検出器である通常のCCD検出器を採用しています。

まとめ

EMCCDのCCDの特性の比較と、実際のラマン分光測定で有効なケースについて解説しました。EMCCDでは、蛍光が生じない試料を分布観察する場合においては高速化できるものの、蛍光が生じたりラマンピークを定量評価したりする際には高速化されません。つまり、EMCCDを用いることで、元々高速に測定できるものがさらに高速にはなりますが、元々時間のかかる測定は高速にならないことに注意が必要です。

図5 EMCCDとCCDのそれぞれの得意な領域

文責:製造ジェネラルマネージャー 塩﨑祐介