第4回 分光系を設定する

回折格子の刻線数と波数範囲・分光分解能の関係は? スリット幅を変えるとスペクトル、ラマンイメージはどう変化するのでしょうか?  分析の目的に合わせて分光系を設定することで、測定したい情報を正しく得ることができます。

回折格子を設定する

測定波数範囲と分光分解能の考え方

他の分析法と同じように、ラマン分光も測定目的に応じて検出系の設定をする必要があります。今回ご紹介する分光器の設定は検出系の重要ポイントです。 一般的なラマン分光では、ラマンスペクトルが検出される範囲は数10~4000cm-1。下図はエタノールのラマンスペクトルです。 図のように波数領域は大きく指紋領域、サイレント領域、CH・OH領域に分けることができます。

分析目的に応じて、一回のレーザー露光で全波数領域を粗く見るか、限定した狭い領域のラマンバンドのみを詳細に見るのかで設定が異なります。 また、ラマンイメージングの場合はこれらに加えて、空間分解能の要素が入ります。具体的に、分光器の設定では、分光器入口のスリット幅と回折格子の選択を行います。

まず、回折格子について見ていきましょう。 以下では、焦点距離500mmの分光器を使用して532nm励起で測定した時の例として、各回折格子毎の測定波数範囲の目安を示します。

同じ励起パワーで
測定した場合・・
刻線数 (gr/mm) 測定波数範囲目安 用途
ピーク強度↑ 300 ≒4000 cm-1 広い波数範囲を大まかに見ることができる。
600 ≒2500 cm-1 標準的。中心波数2000 cm-1でおよそ700 cm-1 ~ 3000 cm-1が見られる。
ピーク強度↓ 1200 ≒1000 cm-1 指紋領域のみ、CH・OH領域のみなど測定範囲の制限はあるものの、細かく波数位置情報を知りたい場合に選択。
2400 ≒200 cm-1~ 400 cm-1 応力シフト測定など、波数を最も詳細に測定したい場合に選択。

※励起レーザー光の波長と回折格子の組み合わせによって、測定波数範囲は変化します。また、励起レーザー光の波長が同じでも、装置(メーカー)の違いによって、すなわち分光器の焦点距離と回折格子の組み合わせによっても測定波数範囲は変化します。

刻線数と波数範囲・強度の関係

回折格子の刻線数ごとに、1度で測定できる波数範囲と得られるラマン強度の見かけ上の強さに違いがあります。 刻線数が小さいと、広い波数範囲を1度で測定でき、強いラマン強度が得られますが、分光分解能は低いです。 一方、刻線数が大きいと、分光分解能は高いですが、1度に狭い波数範囲しか測定することができず、ラマン強度も弱くなります。532nm励起で測定する時のひとつの目安として、有機材料を測定する時は300gr/mmから、無機材料を測定する時は600gr/mmから開始すると、スペクトルの全体像を捉えることができます。 下図は、測定波数範囲と強度についてはエタノールを、分光分解能については四塩化炭素を測定した例です。

測定波数範囲の例 (試料:エタノール、回折格子以外の測定条件はすべて同じです)

強度の例 (試料:エタノール、回折格子以外の測定条件はすべて同じです)

分光分解能の例 (試料:四塩化炭素、回折格子以外の測定条件はすべて同じです)

スリット幅を設定する

分光器入口のスリット幅を変更することによっても、分光分解能やラマン強度は変化します。ラマンバンドを詳細に見るか、強度を優先して測定時間の短縮や検出感度限界を攻めるかで、設定が異なります。また、上述のように、ラマンイメージングの場合はこれらに加えて、空間分解能に影響を与えます。

一般的なスペクトルの変化(分光分解能の変化)

下図はスリット幅を変更した時のラマンバンドの半値全幅と強度の変化を示した図です。スリット幅を狭く絞ると半値全幅も小さくなり、高い分光分解能が得られています。一方、スリット幅を広げると、分光分解能は悪くなりますがラマン強度は強くなっています。ピーク有無の判断だけで分析目的が達成できるのであれば、スリット幅を広げても結果としては十分な場合があります。

空間分解能の変化

下図はスリット幅を変更した時のラマンイメージの変化を示した図です。カーボンナノチューブ(CNT)のバンドルを測定した例で、スリット幅のみを変更しています。スリット幅が20μmの時に、最も鮮明なラマンイメージが得られています。スリット幅を50μm、100μmと広げるにしたがって、CNTのラマンイメージはぼやけていきます。

スリット幅:20μm

スリット幅:50μm

スリット幅:100μm