Lesson 1. ラマン分光法の原理と特徴

ラマン分光法の原理

光が物質に入射して分子と衝突すると、その一部は散乱されます。この散乱光の波長を調べると、大部分の成分は入射光と同じ波長(レイリー散乱光)ですが、極わずかな成分として、入射光と異なった波長の光が含まれています。 Chandrasekhara Venkata Raman(1888-1970、インド)は、この入射光と異なった波長をもつ光の振動数が、分子の固有振動数になっていることを発見してラマン効果と名付け、その功績から1930年にノーベル物理学賞を受賞しました。

ラマン分光法とは、この入射光と異なった波長をもつ光(ラマン散乱光)の性質を調べることにより、物質の分子構造や結晶構造などを知る手法です。 入射光の波長は単色光が望ましいですが、ラマン効果は光の散乱現象なので理論上どんな波長でも構いません。ただし、ラマン散乱光の強度は、レイリー散乱光の強度に対してわずか10のマイナス6乗程度と極めて微弱なため、実用的にはレーザーのような高強度光源を用いる必要があります。

ラマン効果について、もう少し詳しく知りたい方へ

分子は一般的に、電場の影響のない状態では電気的に中性です。そこに電場を与えると電子雲が歪み、双極子モーメント(誘起双極子モーメント)が生じます。光を照射すると、その光電場の振動に応じて誘起双極子モーメントが振動することで、照射した光と同じ振動数の散乱光が生じます。これが散乱光の大部分を占めるレイリー散乱光です。

一方で、一個一個の分子を見てみると、それら自身も一定の周期で振動しています(固有振動)。その結果、光の電場の振動(振動数:νi)と固有振動(振動数:νc)の干渉により“ずれ”が生じます。つまり、散乱光には双極子モーメントの振動のほかに( νi + νc )と( νi – νc )の2成分が含まれることになります。この、2成分による光をラマン散乱光とよびます。

エネルギー的にラマン散乱過程を見てみましょう。まず、基底状態で振動している分子に、エネルギーEiを持った光が入射します。すると、一瞬、分子と光が同じ場所に同居する中間状態を形成します。その後、分子は振動励起分のエネルギーEcをもらい、残りのエネルギー( Ei – Ec )は光として出射されます。この出射光がラマン散乱光です。なお、エネルギーと光の振動数は、アインシュタインの式E=hνの関係で結ばれています。

ラマンスペクトルとは

ラマン散乱光には、物質中の分子の様々な情報が含まれています。それらを読み解くために、散乱光を波長毎に分けると、上の図のように、入射光の波長と等しいレイリー散乱光が強く検出され、その両側にラマン散乱光が検出されることが分かります。レイリー散乱光より短波長側に検出されるラマン散乱光をアンチストークス線、長波長側に検出されるものをストークス線と呼びます。一般的にはより強度の大きいストークス線が解析に用いられます。

分光された各波長の情報は波数(1/波長)に換算し、入射光の波数との差を計算します。この波数の差を横軸に、強度を縦軸にとったものがラマンスペクトルと呼ばれます。横軸からは分子の振動情報を、縦軸からは活性の強さを読み取ることができます。 

以下の動画は、水のラマン散乱光を撮影した動画です。目で見ることでラマン散乱を直感的に理解できます。ぜひご覧ください。

ラマン分光法でわかる4つのこと

ラマンスペクトルの横軸からは分子の振動情報を、縦軸からは活性の強さを読み取ることができます(右図)。具体的には、①化学結合の種類と質の同定ができます。また、結晶性物質であれば②結晶化の程度や、③結晶格子の歪みが分かります。縦軸の強度からは、④相対的に濃度を計算することも可能です。

1. 化学結合と物質の同定
ポリエチレンテレフタレートのラマンスペクトル

2. 結晶性の評価
シリコンの結晶性によるラマンスペクトル変化

3. 結晶格子の歪み評価
シリコン基板の応力測定

4. 濃度の評価
エタノールの濃度によるラマンスペクトル変化

Applications
ラマン分光法を用いた様々な測定例はこちら