会長室からChairmans Office

第3回会長室から
『熟れすぎた林檎』


創造的破壊と言う言葉にはいろんな理解の仕方があると思いますが、Steve Jobsの場合は、スタートアップによる新製品創造が既存大産業の製品を破壊することにあったようと思います。そのモデルは彼の最も尊敬した盛田昭夫さんのかつてのソニーに通じています。

AppleのMacintoshはIBMや富士通、NECなどのメインフレームコンピュータ産業の衰退を生み、iPodはレコードプレイヤーやCD産業に引導を渡し、iPhoneはガラケーを含む携帯電話産業に終焉させ、日本の大企業はもとよりノキアやモトローラに大きなダメージを与えました。PDA(パームやザウルス)、ウオークマン、コンパクトカメラ、ICレコーダー、小型カメラ、電卓、ゲーム機、辞書(電子辞書を含みます)、手帳、住所録など、なんでもかんでもiPhoneにまとめてしまいました。もはやかばんの中はすっきりしています。特に、アプリという概念が凄いと気づかされました。

30年以上のAppleファンの私は、Apple製品のほとんどを発売日に並んで購入してきました。ところが、Steveが亡くなってたった数年で、彼のアイデアの遺産は使い切ってしまったようです。新製品の発表は今も毎年同じ時期に行われますが、以前の破壊力がないように思います。かつてコンピュータメーカーやオーディオ産業、電話機器業界を破壊した攻撃力と危険性がないのです。iPhone 8とX、Apple Watch 3はいづれも優れた製品だと思いますが、これまでの自社製品の改良に過ぎません。これでは破壊どころか誰も傷つきません。彼が生きていれば、次の標的はテレビ業界だったろうと言われています。AppleTVはテレビ放送産業、すなわちテレビ局とテレビ受像器メーカーを破壊したはずです。しかし彼は志半ばで亡くなってしまいました。Steveが生きていればAppleWatchは認めなかったのではないでしょうか。iPadのスタイラスも許さないだろうように思います。それらの破壊力は足りない気がします。

私はSteve Jobsの発想に大きな影響を受けています。ナノフォトンの新製品開発のコンセプトには、もともと他社との比較や競争はありません。自社製品の改良が目標でもありません。やるべきことは、創造的破壊なのです。GFPや超解像顕微鏡のノーベル賞などに代表される「蛍光」顕微鏡が生物観察用顕微鏡として大きな興味が持たれていたときに、ナノフォトン社は「ラマン散乱」顕微鏡を発表しました。顕微振動分光分析と言えば「顕微赤外」装置と相場が決まっていたのに、ナノフォトン社は「ラマン散乱」顕微鏡を発表しました。学術界で「非線形ラマン散乱」顕微鏡に注目が集まっていても、ナノフォトン社は「spontaniousラマン散乱」の顕微鏡を開発しました。他社がナノフォトンの「ライン照明」を採用し始めてたとき、ナノフォトン社は「広視野超深度」のラマン散乱顕微鏡、RAMANviewを発表しました。常にパイオニアであることを使命として、新製品を開発しています。

問題は、資金が足りないことです。全く新しい原理に基づく装置はユーザーの人たちにも新規的すぎて、なかなか売れ行きに繋がりません。資金が足りないことの結果として、破壊力が足りないと反省しています。創造性はあっても破壊に繋がるには資金が必要だとつくづく思い知らされています。もう少し経営とかビジネスのセンスを学ばなければと思う一方、それでは未知の世界と挑戦する科学者としてのセンスを失わないだろうかと悩みます。これからもご支援をお願いします。

2017年10月13日
ナノフォトン株式会社
代表取締役会長 河田 聡