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食品の測定①
分子から出る微弱なラマン散乱光をキャッチするラマン顕微鏡は、分子の種類を見分けて画像化することが可能です。過去のこのコーナーで「大人の自由研究」と称し、多層構造の包装プラスチックを測定してみたことがありますが、今回は身近な食品で試してみました。コンビニの菓子パンのクリームです。さらに、マヨネーズやバターの脂肪分や水分の様子も見てみました。さて、どんな結果だったのでしょうか。(メルマガ編集長/フリーライター・根本毅)
測定は、東京ショールーム勤務のセールス & アプリケーションズエンジニア、青木克仁さんにお願いしました。以前お会いした時に、「身の回りの物を『どうなっているんだろう』と思って測定することがある」とおっしゃっていたのがずっと頭に残っていたのです。その時に挙げていたのが、「コンビニで売っている、クリームが挟まったパン」。そこで、もう一度、測定していただくことにしました。
これがそのパンです。中のクリームをスライドグラスに置き、カバーグラスを載せてプレパラートを作ります。理科の実験と同じです。
光学顕微鏡像は上のようになります。黄色の枠内部分をラマン顕微鏡で測定、分析すると、下の画像が得られました。脂肪分や糖結晶、液糖(糖+水)、空気の分布が分かります。普通の顕微鏡では見えない世界です。グラフは、測定ポイント3カ所のラマンスペクトルです。横軸がラマンシフト(波数、cm-1)、縦軸がラマン散乱光の強度。見やすいように、ずらして表示しています。
さて、この結果はどうやって分析したのでしょう。
青木さんによると、含まれる成分が分かっていれば、スペクトルの特徴的なピークが出る位置もだいたい分かるため、ソフトウエア上でそのピークを指定します。すると、ピークの大きさに応じて色の濃淡が付き、画像としてその成分の分布が分かるわけです。今回の場合、脂肪分と水分が含まれると予想できたため、まず脂肪に特徴的なピークが出る2854 cm-1付近を赤、水に特徴的なピークが出る3150~3600 cm-1付近を青にして画像を作りました。
その他に、水分の中に鋭いピークが現れている箇所を見つけたので、脂肪分や水のスペクトルに現れていないピーク(358 cm-1付近)を選んで緑色にしました。最後に、黒く残った部分は、脂肪分のスペクトルが周囲よりも明らかに弱く観測され、光学顕微鏡で気泡のように見えていたため、空気だろうと判断しました。
では、緑は何でしょうか。成分を判断する有力なツールとして、さまざまな分子のラマンスペクトルを収録したデータベースがあり、検索をかけるとスペクトルの近い順に候補を示してくれます。今回、緑の部分のスペクトルで検索をかけると、乳糖水和物と分かりました。
また、青い部分のスペクトルには、水のピーク以外に特徴的なピークが出ています。青木さんは以前、砂糖水やガムシロップのような液状の糖のラマンスペクトルを測定したことがあり、その時のスペクトルに似ていたことから、青の部分は水だけではなくて水分+糖分と判断しました。
ちなみに、糖結晶や液糖部分のラマンスペクトルは、脂肪分のラマンスペクトルとの差を示しています。これは、ラマン分光では脂質のピークが比較的強く観測される傾向があり、今回も糖結晶や液糖部分に脂肪分のピークが現れていたため、違いが見やすいように脂肪分のスペクトルを引きました。
クリームの他、マヨネーズやバター、レアチーズケーキも測定してくださったので、結果を示しておきます。
最後に、青木さんのコメントを紹介します。
「きれいな画像が取れたので、自分でも驚きました。赤外分光によるイメージングでは水のピークが強すぎるため、目的のものが見えにくくなってしまう問題がよく起きます。ラマン分光では水のピークも見えますがそれほど強くなく、脂質やベンゼン環のピークが強く観測されます。そのため、水を含む試料でも簡単に測定でき、空間分解能も赤外イメージングに比べて高いのが特徴です。
また、今回のクリームの例では、糖が液体状(水に溶けている)か結晶かの違いを識別できました。このような物質の状態の違いも、スペクトルから分かる重要な情報です。
ラマン分光イメージングは、生体試料や食品などの水を含む試料の分析にかなり向いていると思います。ラマンで分析できないか気になっている試料をお持ちの方、ぜひ弊社までお問い合わせください」
次回は、この自由研究をさらに深められないか、考えてみます。