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大人の自由研究 
アイススラリーを測定してみた


 あまりに暑さが厳しくて、外出が嫌になる日々が続きます。そんな時、「アイススラリーという飲料を見つけました」と、ナノフォトン東京ショールームの青木克仁さんが教えてくれました。アイススラリーは、細かい氷の粒と液体が混ざった飲み物で、体を内部から効率的に冷す効果があります。青木さんは、身近なものをラマン顕微鏡で測定する「大人の自由研究」のパートナー。水と氷の違いが分かるラマン顕微鏡ではどう見えるでしょう。早速、青木さんの協力で測定してみました。(メルマガ編集長/フリーライター・根本毅)

レーザーラマン顕微鏡RAMANtouchで測定するため、試料をセットする青木さん

 ヤフーニュースにも掲載された河北新報の記事によると、プロ野球などプロスポーツ界では以前からアイススラリーが導入されています。汗をかくと体の表面温度は下がりますが、調節がうまくいかないと体内に熱がこもり、「深部体温」が上昇してしまう。そのため、暑さ対策には水分や塩分の補給とともに、深部体温を下げることが重要だとか。アイススラリーは液体より温度が低いうえに飲みやすく、体の芯から効率的に冷やす方法として2010年頃に海外で提唱されたそうです。

 有名スポーツドリンクのアイススラリーが製品化されているので、取り寄せました。プラスチック製のパック(100g入り)ごと冷凍庫で凍らせ、手でもんで柔らかくして飲みます。メーカーのホームページによると、商品化は難しいとされていましたが、「常温保存が可能な液体を『凍らせてスラリー状にする』独自の技術を開発」したそうです。常温で飲んでみると、溶けたゼリーが混ざったようなのどごし。これが、アイススラリーができる秘密でしょうか。

 ところで、アイススラリーを測定するには、試料を冷凍庫の温度に下げる必要があります。このため、専用機器を販売するジャパンハイテック株式会社に「顕微鏡用ペルチェ式冷却加熱ステージ」をお借りしました。顕微鏡に取り付けて、液体窒素を使わずに電子冷却でマイナス40℃まで下げることが可能。温度を上下させる速度も自分で設定できます。ジャパンハイテックの方が東京ショールームを訪れ、レーザーラマン顕微鏡RAMANtouchにセットしてくれました。

ジャパンハイテックの「顕微鏡用ペルチェ式冷却加熱ステージ10030」。内部に試料をセットし、スライド式のふたを閉めて上部の窓から観察する。
レーザーラマン顕微鏡RAMANtouchに冷却加熱ステージをセット

 いよいよ測定です。まず、2枚のカバーガラスの間にスペーサーを挟み、試料を封入するセルを作成しました。温度は10℃/分の速さで変化させ、測定中は温度を一定に保ちました。比較のため、アイススラリー用ではない従来のスポーツドリンクも準備しました。

 まず、凍った状態ではどう見えるでしょうか。マイナス20℃で測定しました。

 左がアイススラリー用のスポーツドリンク、右がアイススラリー用ではない従来のスポーツドリンク。いずれも市販のものです。両方の試料のラマンスペクトルを分析したところ、アイススラリー用は完全には凍らず、「氷+糖類」(水色)の部分と「水+氷+糖類」(赤色)の部分に分けられました。一方、従来のスポーツドリンクはほぼ完全に凍り、「氷」(水色)の部分と「氷+糖類」(赤色)の部分に分けられました。水色は氷に特徴的なピーク(3140cm-1)が現れた測定ポイント、赤色は糖類のピーク(2930cm-1)が強く現れた測定ポイントです。

 ところで、ラマン顕微鏡で水と氷はどのように見分けるのでしょう。事前に水と氷のラマンスペクトルを測定した結果が下の図。0℃と25℃の水(真ん中と下のスペクトル)はピークの特徴が同じですが、マイナス20℃に凍らせる(一番上)とピークが左に移動します。

 液体の水は水分子が動き回り、固体の氷は水分子が規則的に並んでいます。この違いが水分子内部の振動に影響し、ラマンスペクトルのピークの違いとして現れるようです。

 青木さんは「3000~3700cm-1付近(網掛け部分)に現れている強いピークは、水分子のOH結合の伸縮振動に由来します。このOH結合の伸縮振動は、水素結合ネットワークの影響を受けてスペクトル形状(振動数やピーク強度)が変化します。液体の水では水分子が絶えず水素結合の相手を変えていますが、固体の氷では水分子が規則的に配列し、安定的に水素結合を形成します。このような水分子の状況がラマンスペクトルにはっきりと反映されるため、水と氷といった物質の状態の違いを見分けられます」と説明しています。

 さて、スポーツドリンクに戻ります。マイナス5℃のスポーツドリンクはどう見えるでしょうか。

 アイススラリー用のスポーツドリンクは、小さな氷の粒が液体と混ざり合ったスラリー状になっているのが分かります。このため、喉をするっと通り、体の内部から冷やしてくれるのでしょう。一方、従来のスポーツドリンクは氷の粒が大きく、つながり合っています。

 任意の点を測定して得られるラマンスペクトルを見てみましょう。

 両方のスポーツドリンクのパッケージによると、原材料として砂糖、果糖ブドウ糖液糖、パラチノース、デキストリン、増粘多糖類などの糖類が含まれています。2930cm-1付近をはじめとする水・氷以外のピークはこれらの糖類に由来すると考えられます。

 青木さんは「アイススラリーのスポーツドリンクでは、氷のピークが現れる場合は糖類のピークも一緒に現れるため、氷に糖類が含まれていることが分かります。一方、従来のスポーツドリンクは氷部分に糖類は見られません。また、どちらのスポーツドリンクも水のピークが現れる場合は糖類のピークも強く現れるため、水に糖類が溶けていることが分かります」と話しています。水と一緒に凍る糖類に、アイススラリーの秘密があるのでしょうか。

 ラマン顕微鏡と冷却加熱ステージを使えば、成分や濃度の変化に伴ってどのように氷の粒の大きさが変わるかなど、いろんなことを調べられそうです。凍る様子や溶ける様子も追えますね。でも、これはあくまでも自由研究。ここまでにしておきます。

 ※図に示したラマン顕微鏡像は、水色が3140cm-1付近の氷のOH伸縮ピーク、赤色が2930cm-1付近の糖類のピークで色付けしています。