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ZTrack
凹凸サンプルもくっきり測定


 ナノフォトンのラマン顕微鏡には、凸凹したサンプルでもピンボケのないラマン画像が得られる「ZTrack(ゼットトラック)」という機能があります。表面の凸凹の形状を最初に測定しておき、そのデータを使って各測定ポイントの焦点位置を自動的に変える仕組みです。ただ、この機能について、アプリケーション担当の社員が“ある悩み”を抱えていました。「空間分解能が高いと、どうしてもラマン画像に暗い部分が生じてしまうのですが、直感的に誤解されることが多くて……」。どういうことでしょうか。詳しく聞きました。(メルマガ編集長/サイエンスライター・根本毅)

 ZTrack機能について語る前に、ナノフォトンのラマン顕微鏡が採用している「共焦点(コンフォーカル)光学系」についての説明させてください。ZTrack機能の開発の経緯に関わります。

 ラマン顕微鏡の「RAMANtouch」や「RAMANwalk」は深さ方向の空間分解能が高く、精度良く断層面などの分析ができます。これも共焦点光学系のおかげ。私もRAMANtouchを使わせてもらい、3層構造のプラスチックの分析をしたことがあります。下の図は、その時の結果です。緑、赤、青に色分けして、3層構造を可視化しました。

ラマンイメージングに挑戦」と題して、プラスチックの層構造を分析したときの結果

 サンプルの表面だけでなく、表面より下の部分のスペクトルが得られるのも、共焦点光学系を採用したことによって知りたい部分に焦点が合わせられるようになっているためです。

 その共焦点光学系の仕組みを示したのが、下の図です。検出器の前にピンホールが置かれていて、焦点面以外からの余計な光をカットしています。ピントが合っていない部分のラマン散乱光は検出しないようにしているわけです。

 カメラ好きの方には「被写界深度が浅い場合と似ている」と言えば、イメージしやすいかもしれません。ピントが合っているように見える範囲(被写界深度)が狭い(浅い)と、背景や前景が大きくぼけて、人や物をうまく強調できますよね。ラマン顕微鏡の共焦点光学系はそのさらに上を行き、ピンボケ部分を除外してくれます。

 ピンボケ部分を検出しないのは非常に良いことなのですが、凸凹したサンプルの表面を観察したい場合にはこの3次元分解能が裏目に出てしまいます。ピントが合っている部分しか見えないのです。

 このため、ZTrackの開発前は3次元をくまなく測定していました。CTスキャンのように、輪切の画像をたくさん得ていたのです。しかし、それでは時間がかかってしまう。そこで、まず表面の凸凹の形状を測定し、形状に合わせて焦点を変えるZTrackが開発されたのです。

 通常の測定とZTrack測定を見比べてください。全く違います。

リチウムイオン電池の電極表面のラマンイメージング。上が光学顕微鏡像、下がラマン画像。

 さて、前置きが長くなってしまいました。アプリケーション担当の社員の悩みである「空間分解能が高いと、どうしてもラマン画像に暗い部分が生じてしまうのですが、直感的に誤解されることが多くて……」とはどういうことでしょう。詳しく説明してもらいました。

 下の図を見てください。ラマン顕微鏡は、全方位に散乱するラマン散乱光を対物レンズでキャッチします。キャッチするのは全ての散乱光ではなく、下の図の右の▽で示した部分の光です。

 ところが、凸凹のサンプル表面では下の図のようなことが起こります。左のように▽の全てをキャッチできればいいのですが、斜面だと一部が影になってしまい、対物レンズに入る光の量が減ってしまうのです。このため、斜面部分のラマン画像は暗くなります。この現象があるため、「ナノフォトンの表面凹凸ラマンイメージ観察は暗い部位がある」「データの抜けがある」という趣旨のことを言われてしまうというのです。

 しかし、これはナノフォトンの装置の空間分解能が高いからこそ起こる現象です。

 空間分解能が低いと、どうなるのでしょうか。下の図で示すように、測定したいポイント以外のラマン散乱光を拾ってしまうため、あたかも感度がいいかのようにイメージが作れてしまいます。注意が必要なのは、測定したいポイントのラマン散乱光ではないということです。

 試しに、空間分解能が下がるようにして同じ装置で同じサンプルを測定したところ、下の図のようになりました。サンプルはグラニュー糖の粒子です。空間分解能が低い方(右)が、全体的に暗い部分が減っています。赤丸部分のように、空間分解能が高い(中央)と粒子表面のつぶつぶが確認できますが、空間分解能が下がると明確には観察できなくなります。

 暗いからといって、その部分のラマン散乱光をキャッチしていないわけではありません。相対的にラマン散乱光の強度が低いため、暗くなります。「この点を理解してもらえるとありがたい」。担当社員はそう話しています。