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創業20年
ナノフォトンの過去と未来~取締役インタビュー


 ナノフォトンは20年前の2003年2月3日、大阪大学発ベンチャーとして産声を上げました。ベンチャー企業は生存率が低いとされる状況の中、ナノフォトンはしっかりと生き残り、次の20年を見つめています。
 創業者である河田聡・代表取締役会長兼社長と、小林実・取締役技術担当、藤原健吾・取締役専務に、ナノフォトンの過去と未来について聞きました。(メルマガ編集長/サイエンスライター・根本毅)

河田聡 代表取締役会長兼社長

──河田会長は2003年2月の創業当時、大阪大学の教授でした。その頃は国立大学教員の兼業規制が緩和されてからそれほど時間がたっておらず、自ら発起人になって起業する大学教授は珍しい存在でした。以前のインタビューでも創業の経緯をうかがいましたが、改めて当時のことをお聞かせください。

河田会長 大阪大学に2001年10月、フロンティア研究機構という組織ができ、初代機構長に就任しました。機構は、文部科学省の戦略的研究拠点育成プログラムに採択されて始まったのですが、求められたのが「大学のシステム改革」です。当時、兼業規制が緩和されて「日本の大学教授も会社を興して社会に貢献しなさい」となっていたので、機構としても大学教授たちに「会社を作りましょう」と呼びかけました。

 いろんな先生に「論文を書いているだけだと退屈でしょう。それを作って社会に見せて、反応を見ましょう」と声をかけました。私自身も興味を持っていたので、会社を作ろうと決めました。

──ただ、前例がなかったから苦労したんですね。

河田会長 大学を通して文科省や人事院とやりとりをしたのですが、認められるまで35回も書類を出しました。例えば、こちらが「取締役になるけれど、会社の仕事はほとんど時間を取りません。時間外でやります」と書くと、「時間を取らないんだったら取締役になる必要はない」と返ってくるというように、答えのないループに入り込んでいました。半年かかって、やっと会社を設立できました。

 創業時、経済学部の先生に「機械を売ろうなんて思ってはいけない。機械を1台作り、その機械でいろいろな人が求める物を作ってあげたり、測定したりするビジネスをするのがいい」と言われましたが、言うとおりにはしませんでしたね。そんなことは嫌でした。

 我々は大もうけがしたかったのではなくて、「自分たちが作ったものを世に出したら、お金を出して買う人がいるだろうか」ということを確認したかったのだと思います。「機械を買ってほしい」というエンジニア魂です。

──最初のメンバーは?

河田会長 私も含めて取締役計3人でのスタートです。社長には、レーザー顕微鏡メーカーの元開発部長に就任してもらいました。もう一人は、スタートアップに興味を持っていた大阪大経済学研究科の大学院生が就きました。

──当時、経済産業省が「大学発ベンチャー1000社計画」を打ち出し、2004年度末に目標が達成されました。同じ時期にたくさんの会社が設立されてますね。

河田会長 そうです。しかし、今も残っているところはあまりないでしょう。我々が生き残ったのは、創業時に投資を受けなかったということも大きいと思います。投資を受けるとイグジットしないといけないので、無理をしてしまいます。我々は、ケチケチやっていたから続いたのでしょう。

 また、20年間存続したのは、私としては「思っていることに届いていない。広くお客さんに提供できていない」という思いがあるからだと思います。20年たったけれど、まだ満足していません。特に、海外に提供できていません。海外にマーケットを広げることが、次のナノフォトンの進む方向です。

──この20年を振り返って、どのように感じますか?

河田会長 あっという間ですね。最初の頃は、工学研究科だけでなく情報科学研究科や生命機能研究科の教授を兼務したうえ、理化学研究所の主任研究員やフロンティア研究機構の機構長を務めていました。めちゃくちゃ忙しかった。ただ、会社のことはそんなにストレスがかかりませんでした。みんなに頼って任せていたんだと思います。

 忙しくても、本は普通の人よりもたくさん読むし、映画も見に行く。頭の切り替えのために必要だったのかもしれません。ナノフォトンでの仕事も、大学教授の仕事とはまったく異なるので、一種の気分転換になっていたのかもしれません。

小林実 取締役技術担当

──小林取締役は長年、ナノフォトンの製品開発に携わってきました。入社はいつでしたか?

小林取締役 2006年4月です。もともと河田会長の研究室の学生だったので、ナノフォトンに近いところにはいました。入社当時、社員は私を含めて2人。ちょうど、ラマン顕微鏡を製品として完成させていこうという時期でした。

 研究室で実験装置を作ったことはありましたが、製品を作った経験はもちろんなく、全てのことが初めてでした。当時の社長が計測器を作るノウハウを持っていたので、そのノウハウをどんどん吸収して形にしていきました。

──今のナノフォトンとはまったく違いますね。

小林取締役 はい。最初の頃は、1台1台手作りというような状況でスタートし、製品というより工芸品に近かったと思います。受注生産ですから、お客さんの求めに応じて装置ごとに調整方法を考えていました。初めて作る構造だと、想定しないことが起きます。そのたびに部品を変更するなどの対応をしていました。

 今は、製造工程や基準を定めて作っています。最初と比べると、工業製品らしい普通の作り方ができるようになりましたね。やはり、博士号を持っている人が1台1台装置を組み立てていた状況には限界がありました。製造台数が増えていく中で、誰でも作れる状態に持っていかなくてはなりませんでした。

──工芸品のような作り方から、工業製品らしい製造に移行するには、苦労があったのではないですか?

小林取締役 苦労しましたね。移行前は、担当者の頭の中にノウハウが全部入っている状態です。例えば、レーザーが決まった位置に当たるように調整するというときに、「真ん中に当たっている」と文字で書くのは簡単です。しかし、どの程度真ん中に当たっていれば最終的に製品として性能が出るのか、ということは担当者の感覚。このように、ノウハウすべてが口伝になっていたので、文書化は非常に難しかったんです。

 大量のノウハウを苦労して整理し、製造を外部委託できる形にするまで想定以上の時間がかかりました。

──ナノフォトンの歴史を振り返ると、どのように感じますか?

小林取締役 運の良い会社ですよね。次から次へと予想外のことが起こりましたが、乗り切ってきました。もちろん、みんなで一つの方向を向いて頑張ったからなのですが、運が悪かったら続いてなかっただろうなとも思います。

 そもそも、開始したタイミングが良かった。CCD検出器が一般的になり、ラマン散乱光をレーザー光と分離するためのフィルターの性能も格段に上がっていました。高強度の固体レーザーも簡単に手に入るようになった時期でした。必要な技術的な要素がちょうどそろっていました。

 予想外のことといえば、リーマン・ショックや東日本大震災も影響がありました。不景気になりそうだという予測が出ると、分析装置への投資が最初に止められるんだと思います。バタッと売れなくなります。新型コロナも、ナノフォトンが海外に進出しようというタイミングだったので、影響しています。

──今後、ナノフォトンはどこに向かうのでしょうか。

小林取締役 この3年くらいは、工業製品として製造できるように体制を整える仕事がメインでした。前に進むというより、足元を固めていたわけです。だいぶ足場も固まってきたので、前に進むことに力を入れます。全世界に売りたいと考えています。

 また、もともと目指しているのは、従来の方法では見えなかったものを新しい技術で見えるようにすることです。科学の世界には、応用し切れていない原理がたくさんあります。これを使って、まったく新しい装置を作り出したいですね。

藤原健吾 取締役専務

──ナノフォトンは20周年を迎え、次の段階の「Nanophoton2.0」に進んでいます。このNanophoton2.0とは、どういったものですか?

藤原専務 Nanophoton2.0は「第2の創業」とも言っています。これまでの「Nanophoton1.0」では、ラマン顕微鏡専業メーカーとして計測・分析・診断にこだわってきました。「Nanophoton2.0」では、従来の発想を転換し、先端テクノロジーを駆使しつつ新しいマーケットの創出を図ります。どのような発想の転換になるか詳しくは話せませんが、楽しみにしてください。

 また、1.0と2.0では生産方式も異なります。創業以来、私たちは分析機器を受注生産していました。つまり、お客さまから「こういう仕様がほしい」と言われたことに対して個別に仕様を決め、1台ずつ作っていく方式だったわけです。

 しかし、2年ほど前から外部に製造を委託する方式に変え、量産体制を整えました。会社が「大人」へと成長するために、このような変更が必要でした。

──量産体制を整えて狙うのは……

藤原専務 本格的な海外展開です。世界のラマン顕微鏡マーケットのうち、日本は10%を占めるだけ。マーケットの90%は海外にあります。私たちは既に、韓国に子会社を設立し、韓国や一部東南アジアをカバーしています。さらに米国やヨーロッパ、中国に進出していく考えです。

 海外で売るためには、生産体制だけでなくアフターサービスの体制も構築していかなければなりません。2023年は、この点に力を入れていくことになります。

 また、私たちの装置は現在、研究開発の分野で使っていただくことが多いのですが、品質管理の分野でも広く利用していただきたいと考えています。これは、日本でも世界でも同じです。

──世界の研究開発や品質管理の現場の課題解決が、ナノフォトンのミッションになるのですね。

藤原専務 それだけではありません。Nanophoton2.0では、さらに広い分野で私たちが提供する最先端機器が使われるようになっていきます。ご期待いただけたらと思います。