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京都大学を訪問
京都大学の松村康生・特任教授は、食品研究にナノフォトンのラマン顕微鏡を活用しています。どのような研究をしているのか、とても気になりますよね。話をうかがいに、京都大学宇治キャンパスに足を運びました。(メルマガ編集長/フリーライター・根本毅)
松村教授は、昨年3月まで京都大学大学院農学研究科の教授を務め、食品の研究に取り組んでいました。そこで定年を迎え、現在は同大学の生存圏研究所の特任教授として食品の研究を続けています。
松村教授 「今、所属しているのは、日本のセルロースナノファイバー研究をリードしている研究室です。セルロースナノファイバーは植物繊維のセルロースをナノサイズに細かくほぐしたもので、自動車のボディーに使われるなど主に工業材料への応用が進んでいます。さらに食品分野への応用が広がらないかと、私が呼ばれました」
農学研究科では、「分散系食品」の研究でナノフォトンのレーザーラマン顕微鏡RAMANtouchを利用していたそうです。ところで、分散系食品とは何でしょうか。
松村教授 「実は、食品のほとんどが分散系食品です。分散系でない食品に、例えば固形物を含んでいない透明なジュースがあります。このジュースのように分子の形でものが溶けて、それを飲んだり食べたりするのは極めて少ないんです。ほとんどの食品は、分子よりも大きなコロイド粒子が分散した状態になっています。牛乳やマヨネーズは水(液体)に油脂(液体)が分散していますし、スープやゲルは液体中に固体が分散しています。パンは固体中に気体が分散した状態です。このような構造が、食品の品質の安定性や食感に影響します」
品質安定性も、飲み心地やかみ応えなどの食感も、いずれも食品にとって重要な要素。このため、松村教授は食品メーカーと共同研究することが多いそうです。
これらの研究で、ラマン顕微鏡はどのように役立っているのでしょうか。
松村教授 「食品の構造と、品質安定性や食感などの性質との関係を知りたいので、一つの方法としてラマン顕微鏡を利用しています。構造と性質の関係とは、例えば液体中で油脂がきれいに分散していると品質の安定性がいいとか、飲み心地がいい、ということ。あるいは、しっかりしたタンパク質のネットワーク構造を作っているからかみ応えが出る、とかですね。成分と成分が相互作用して、どのように分布しているかを研究しているため、化学修飾や固定をせずに観察できるラマン顕微鏡が役に立っています」
例として、パンの研究を紹介してくれました。小麦粉の生地に配合する油脂の種類が、パンの柔らかさなどの特性にどのような影響を与えるか調べているそうです。
松村教授 「パンを作る時に油脂を入れると、風味が向上するだけでなく、柔らかく膨らんでくれます。ところが、焼き上げた時に油脂がどういう状態で分散しているからこういう性質を持っている、という研究はほとんどありません。このため、生地の段階から焼き上げた後まで、ラマン顕微鏡で構造を観察することにしました。油脂が固体状態なのか液体状態なのかを見分けられて、固体か液体かの違いによってパンの性質が変わることが分かりました」
研究成果は今後、論文発表を予定しているとのことで、その時が楽しみです。
このほか、日本食の特徴を科学的に把握する試みの一環で、食材への火の通り方をラマン顕微鏡で可視化したこともあるそうです。
松村教授 「6種類の調理法(切る、すりつぶす、煮るあるいはゆがく、焼く、蒸す、揚げる)に関して検討することにしました。調理で食材に熱を通すと、タンパク質や水などの成分の状態が変化します。この状態変化をラマン顕微鏡で可視化できるのではないかと考えました」
生卵とゆで卵の卵白を観測したところ、松村教授提供の下図のようにラマンスペクトルのピークに違いが見られたということです。
このため、松村教授らは3411cm-1と1000cm-1前後のピーク変化に基づいてイメージングし、下のような画像を得ました。水分含量や熱による変性度で、熱の通り具合の可視化が可能です。
松村教授らは鯛の切り身についても、生、蒸したもの、焼いたものの3種類についてラマンスペクトルを比較し、次の結果を得ました。
松村教授 「このように火の通り方を可視化することによって、調理名人と素人で何が違うのか調理の秘密に迫れる可能性があります。また、例えば食品加工メーカーがふわふわ卵を使った食品を開発する時に、ラマン顕微鏡による可視化が役に立つかもしれません。ラマン顕微鏡という武器があると、いろいろな研究がしたくなります」
松村教授の研究の話はとても勉強になりました。この後の研究もとても楽しみです。